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2006年6月27日 (火)

記者会見(?)

診療後、記者会見に出席。

8月14、15日に鈴鹿サーキットで、1万人規模のイベントが
開催されるということ。

ほぼポルトガル語で、よく分からなかったけど、
たくさんの新聞社、雑誌社がきてました。

ここでも、たくさんのブラジルの人たちに会うことができた。

特に、学校関係者には、強い関心を持っていただいた。
早急に、行動しなくては。

多くの悩みを抱えていそうだし、
力になれる部分が多いと思う。

誰か行きます?
夜は、オールナイトでダンス・パーティーだって。

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2006年6月26日 (月)

正念場?

なかなかブログが更新できなくなってきた。

少しずつではあるが、組織も大きくなってきて、
多種多様な人材を抱えるようになってきた。

いろんな問題が次々とやってくる。

「いらっしゃい!」
と、迎え入れてあげたい。(願望)

1つずつ真摯に受け止め、対応し、解決し、
1ランク上へ行かなければならない。

問題を解決すれば必ず次へ行ける。
ある意味、チャンス到来かも。

言い訳もしない。
絶対に逃げない。

1つずつ潰して行こう。

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2006年6月21日 (水)

イタリア村で

久々にイタリア村へ行った。

スタッフに外国人が多いのに驚いた。

フラメンコやタンゴなんかのショーもやっていた。
ひょんなことから、シンガーのセルヒオと意気投合し、
連絡先の交換をした。
結構有名なのかな。

最近、ラテン系の人達とフィーリングが合うことを発見。
意外と自然な自分でいられる。

その後、イタリア村の中の運河(?)沿いでカフェ。
この場所も好きな場所の1つ。

でも、いちいち来るのはめんどうだな。
一度、ここへ飲みに来たいな。

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2006年6月15日 (木)

ブラジル総領事歓迎パーティー

診療後、パートナーと大急ぎでヒルトンへ。

今夜はブラジル総領事の歓迎パーティーで、
僕は、結構楽しみにしていた。

どんな人たちが出席するのか。

最初の1時間は、セレモニー。
要人の挨拶が続いた。
通訳も日本語、英語、ポルトガル語と毎回3つの言葉に訳す。

100年前に日本からブラジルに100万人送り出しておいて、
帰ってきちゃダメ、というのはひどいということ。

日本政府への不満が大きいことに気付かされた。

その後、たくさんの人と話すことができた。

ブラジルの領事、アメリカの領事、ブラジル人社長たち、ラジオ局の人、
雑誌にコラムをかいている人、などなど。

特に、ブラジルの領事は、お父さんも、おじいさんも歯科医師だったそうで、
とてもフレンドリーに話してくれた。

もちろん、忘れずに我が歯科医院のパンフレットも渡しておいた。

日本人は、ほとんどいない。
まして、中国の人はパートナーのみ。

ブラジルの友人に感謝。
毎回、いろんな人を引き合わせてくれる。

その後、またまた1日は長かった。
帰ったら5時だよ。

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2006年6月12日 (月)

中国の留学生と交流

お昼休みに、近くにある大学の留学支援室を訪問。

もちろん、パートナー同行。

そこの大学には、中国からの留学生が100人以上在籍。
僕は、もうすでに何回も来ているので、
話はそこそこに、パートナーを紹介し、
パンフレットを置いてきた。

学食で学生に混じりながら昼食をとり、
そのあと、外のベンチでコーヒーを飲んでいると、
早速、隣にいた留学生達と交流が始まった。

何か、すごい。
タイミングとかね。

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2006年6月10日 (土)

必要な事は必ず起こる

今日は、診療終了後、
ブラジルの患者さんたちとスタッフ達と食事会。

さらに、2年前に退職していったスタッフが、
急に「仕事の相談がしたい」ということで、
急遽、食事会に参加。

ブラジルのレストランで、お肉をたっぷりいただいた。
1ヶ月分くらい食べたかな。

ブラジルの曲の生演奏もあり、最高。

偶然、他の患者さんたちにも遭遇。
握手、握手、握手。

うれしいじゃない。

元スタッフからの相談とは、

「また、一緒に仕事がしたい。
 お願いします。」

と言う事だった。
2年の歳月をかけて戻ってきてくれる。

必要なときに、必要な出来事が起こる。

出来る限り、純粋な気持ちを保ち、
準備をきちっと済ませ、
そこからは、全てを自然に任せる。

必ず、必要であれば、必要なものは現れる。
現れなければ、必要ではないということ。

そんなことを考えながら、帰途についた。

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2006年6月 8日 (木)

招待状、届く

今日、ブラジル新総領事の
歓迎披露パーティーの招待状が届いた。

来週、マイ・パートナーと行ってくる。

僕たちの行動が評価されつつある。
まだまだ、これからだけど。

いろんな意味ですごく楽しみだ。

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2006年6月 5日 (月)

エミリ

妹に赤ちゃんが生まれた。

グルノーブルで。

おめでとう。
将来、赤ちゃんが大きくなったら、
いろんな話をしてあげたい。

当時の日本の様子。
おまえのお母さんの話。
おじいちゃん、おばあちゃんの話。

どんな思いで、みんな、おまえを待っていたか。

それには、フランス語を、少しは話せるようにしたいけど・・・・。

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2006年6月 2日 (金)

心から尊敬するマイ・パートナー

毎日、僕と行動を共にしているのが、
上海出身の日本人である先生。

彼は、日本と中国、2カ国の歯科医師免許を持っている。
そんな奴は、日本でたった2人しかいない。

30の時、家族を置いて日本にやって来た。
超エリートのポジションを捨てて。

当時、上海では、1学年1000人くらいいたが、
大学へ入ったのは3~4人だそうだ。

当時、医科も歯科も分かれておらず、
彼は、いろんな手術からお産まで、
たくさんのことを経験している。

整形手術は、1番得意だそうだ。
そのへんの歯医者とは規格が違う。
超一流だ。

常識の範囲が違う。

日本に来てからは、
本当に、ほとんど眠らず工場で働いたそうだ。
貧しかったのだ。

超エリートがだよ。

当時、中国での月給が3千円だったから、
来日してからは、ジュースも飲めなかったという。

お米も送って貰い、全て自炊し、猛勉強し。
家族には心配するから、
何も言わなかったそうだ。
子供にもずっと会えなかった。

ほとんどの人は、ある一定の範囲内で人生を過ごすと思う。
彼は、いろんな世界を見てきている。
いろんな人間を見てきている。

懐が深い。謙虚。

ただただ尊敬している。

いつもありがとう。

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